7月 8月 9月 10月 11月 12月




葛城高原・二上山     

年月日 山名 コース 参加者
2020
7/12
二上山雌岳▲474M
雄岳▲517M
二上神社口-道の駅-大池-大龍寺-祐泉寺-岩屋峠-展望台-二上山雌岳-二上山雄岳-道の駅-二上神社口駅 6名
大津皇子二上山墓
雄岳の頂上には父帝天武天皇が崩御して後謀反の罪で命を落とした大津皇子が眠っている。大津皇子の遺体が二上山に移し葬られる時、姉の大伯皇女(おおくのひめひこ)が哀しみ悼んで詠んだ歌2首①うつそみの人にあるわれは明日よりは二上山を弟世(いろせ)をわが見む。(現世の人である私は明日から二上山をわが弟の君であると見つ偲ぶだろう
②磯の上に生ふる馬酔木(あしび)を手折らめど見すべき君のありといわなくに咲く馬酔木を手折ろうと思うけれど見せるべき貴方はもうこの世にはいない。
456段もあるという階段を登る。昨日からの雨でぬかるんだ道を気をつけながら登る。雌岳の頂上は素晴らしい展望。昼食の後更に雄岳に登る。下山は谷筋の急な道を下る。  ルート地図

道の駅 9:08 大池 9:39 大龍寺 9:44 絹笠茸 9:50 祐泉寺 9:58
岩屋峠 10:35 雌岳 11:28 雌岳 11:28 雄岳 12:40 二上神社 14:10



第38回定期総会開催。吹田市万博記念公園     

年月日 山名 コース 参加者
2020
9/13(日)
万博記念公園
東の広場
万博記念公園入り口-花の丘-展望タワー「ソラード森の空中観察路」-茶つみの里-お祭り広場-東の広場(総会)-日本庭園-大阪モノレール万博記念公園 19名
コロナ緊急事態宣言で中止になっていた会。久しぶりに元気な皆さんと出逢いお互いの無事を喜び合う。広場で総会が行われその後各自持参のお弁当を楽しく語り合いながら戴く。「空中観察路」など素晴らしいコースを経て記念公園駅前でお開きとなる。

記念公園駅にて 9:56 自然文化園入り口
太陽の塔 10:26 総会 11:17 総会 集合写真撮る14:10



甲山・北山ダム・北山公園・緑化植物園     

年月日 山名 コース 参加者
2020
9/30(水)
甲山▲309M 甲陽園駅-神呪寺-甲山-北山ダム-北山公園-緑化植物園-甲陽園駅 11名
一時雨模様の予報で心配していたが、お天気にも恵まれ終始とてもいいコースだった。甲山への急登の険しい道もいい汗をかき快適で和やかな昼食のタイムも楽し。下山後緑化植物園では珍しい花々を愛でる。   ルート地図

アンネのバラ教会10:02 神呪寺 10:26 甲山頂上  11:38 北山ダム 12:42 西の宮市街 12:43
はすの池 13:13 緑化植物園 13:28 景色を愛でる 13:59 銀水橋 14:22 甲陽園駅へ14:28




 城山・「黒井城跡」田園風景散策    

年月日 山名 コース 参加者
2020
10/11(日)
黒井城址▲356.8 JR黒井駅-兵主神社西砦-興禅寺-登山口-石踏みの段-黒井城址-下山分岐-多田砦-的場砦-黒井川沿いの町歩き-黒井駅 10名
豪勇と云われた赤井直正は「丹波の赤鬼」と恐れられた武将で天文23年(1554)正月の年賀の席で黒井城主の荻野秋清を刺殺して城主となる。黒井城の改修や城下町の整備に着手し丹波国全体に勢力を拡大、同時期に勢いを増す織田信長に一度は従うものの、敵対することになる。織田信長の命で、丹波平定のために派遣されたのが「明智光秀。天正3年(1575)、赤井直正の籠る黒井城を包囲し、戦いは2ヵ月に及びましたが、丹波の国人・波多野秀治が裏切り明智光秀の陣を急襲。光秀軍は総崩れ壊滅的な打撃をうけてしまいます。その後、赤井直正は毛利、竹田、石山本願寺など反織田勢力と同盟を結び、幾度も織田軍を撃退させる役割を果たしました。しかし、天正6年(1578)に疫病を患い赤井勢の士気も衰え、天正7年(1579)に明智光秀が2度目に黒井城へ攻めてきた際にはついに落城する。黒井城を中心に山地を生かして戦った赤井直正でしたが、黒井城の南麓に下館を設けて平時には政務を行いました。この場所は現在、興禅寺という寺院。この興禅寺は、徳川家光の乳母として知られる「春日局」の生誕地。「お福さま」と呼ばれ、3才までここで過ごしていました。【近畿山岳愛好会一等三角点会報第273号令和2年5月号浦上リーダーの解説による】    ルート地図

お福の像 10:16 兵主神社10:33 興禅寺 11:09 春日の局 11:13 登山口 11:13
黒井城跡登山口12:41 三ノ丸跡12:42 二ノ丸跡12:44 本丸跡12:45 保月城跡12:45